生きがいを失ったとき、人は死ぬ。

こんにちは、手品店長です。

人はいつか死にます。いつかはわかりませんが、確定で死にます。自分がいつか死ぬことを認識しながら生きているのは人間だけだそうですね。

明日死ぬとしたら何をしたいですか?

そんなことも考えながら読み進めてください。

目次

生きがいとは

とりあえず当ブログで言うところの生きがいを定義しておきます。

お金にならなくてもずっとやっていたいと思える物事で、自分はこのために生きていると思えること。

自分には何もないと思う人へ

  • 人生観
  • 価値観
  • 生きがい
  • 生きる意味
  • 使命

どの言葉を選ぼうと構いませんが、多くの人はこれらを「自分にはなくて他人にはあるもの」と捉えています。
そしてそれが、「あの人はキラキラ輝いているのに自分には何もない」という強烈な自己否定につながります。

でも、それは考えが飛躍しすぎています。
あの人がキラキラして見えることと、自分に何もないことは全く関係がありません。

そもそも本当にあの人はキラキラしているのでしょうか。多くの人は悩みを表に出しません。借金漬け、失恋、1週間しゃっくりが止まらない…見えないだけで悩みの1つや100個あるものです。

あなたが一方的にそう思っているだけで、当の本人も「自分には何もない」と思っていることだってあり得ますよね。
「自分には何もない」は、人類不変の悩みです。

お金を稼がなければいけないという幻想

「自分には趣味も、好きなことも、得意なことも、才能もないんです。」

本当に、本当にたくさんの人がこれを言います。

好きなことがないなんては絶対にありません。今はパッと出てこないだけです。記憶を辿れば絶対に見つかります。
人に褒められた事、友達より上手にできたこと、寝食を忘れて没頭したこと…絶対にあるはずです。

皆さんが自分には何もないと思うのは、それでお金を稼げなければ無意味だと思っているからです。
歌が好きだからといって歌手になる必要がないように、好きな事と職業は分けて考えたほうが気持ちが楽です。

もう一度生きがいの定義を思い出しましょう。

お金にならなくてもずっとやっていたいと思える物事で、自分はこのために生きていると思えること。

こういう物事を見つけてください。

お金になるならないは結果の話であって、生きることとは関係ありません。
生きるためのお金は必要ですが、お金を稼ぐためにする行動は労働であって生きがいではありません。

生きがいにしてはいけない物事

仕事

生きがいにしてはダメです。会社はあなたのことを生きがいだと思っていませんし、あなたの代わりはいくらでもいます。

  • 嫌々やっている仕事
  • 心底うんざりする仕事
  • 毎朝ため息をつきながら出勤する仕事
  • 生活のために仕方なくやっている仕事
  • 辞められるなら今すぐにでも辞めたい仕事

こういう仕事はやめましょう。生活のことは何とかなります。本当に。私は人生で2度ニートになったことがありますが何とかなりました。

反対に、

  • 毎朝仕事に行くのが楽しみで仕方ない
  • 仕事が楽しくてあっという間に時間が過ぎる
  • 仕事を通して人の役に立つことに心から幸せを感じる
  • この楽しみのためならお金なんてもらえなくても良い

そういうことを仕事にできれば、それはそれで素敵なことだと思います。

家族・恋人

思いませんよね。

どこまで行っても家族は他人です。遺伝子的な共通点はともかく、それぞれが独立した心と思考を持ったホモサピエンスであることを忘れないでください。

親子の縁というのは驚くほどあっさりと切れます。そうなったとき、あなたはそれに耐えられるでしょうか。死別、離縁、絶縁…これらは意思とは関係なくやってきます。


そして恋人。私は19歳の時に失恋が原因で自殺未遂を起こしたことがあります。若いころのアイデンティティというのは揺らぎやすく脆いものです。

恋人を生きがいにするのはやめましょう。

人の気持ちは移ろうものです。昨日まであんなに可愛く見えたものが今日はそう見えない…あんなに好きだったのに最近は連絡をするのも億劫。そういうことが起こるのが男女です。

恋人の価値と自分の価値を同一視しないでください。男はセックスのためなら10キロの道を歩けますし、女は自分に利益があると思えば平気で嘘をつけます。

退廃的な娯楽

  • タバコ
  • 風俗
  • ホスト遊び
  • ギャンブル

一般的に敬遠されるタイプの娯楽です。これが原因で死ぬことも珍しくありません。
こういう人は「ほどほどに楽しむ」ということができません。生活に支障をきたしてでもそれにお金を使おうとします。

ただし、酒好きが高じてバーを開いたとか、タバコ好きが高じて葉巻やパイプに詳しくなったとか、そういう人は尊敬します。その行動には価値があるからです。

受動的すぎる娯楽

  • ゲーム
  • アニメ
  • 漫画
  • アイドル
  • Youtube
  • SNS

ここでいう受動的とは、「時間を浪費するだけで何も生み出さないこと」を意味します。

心底ゲーム好きな人が新作ゲームを実況したら面白いでしょう。年間数百本のアニメを観る人がオススメするアニメはハズレがないかもしれません。こういう「好き」に突き動かされた行動が起こせるなら、それは生きがいになります。

私が言っているのは、ただスクリーンの前で過ごし、終わってみれば何一つ心に残らないタイプの娯楽です。
得るものは何もありません。時間とお金を浪費し、ブームが過ぎ去ったグッズが部屋に溜まっていきます。

Vtuberはあなたのことを生きがいだと思っていません。金づるだと思っています。ニコニコしておけば勝手にお金が入って来るのですから、こんな楽なことはないです。

今は楽しいでしょうし、幸せでしょう。それさえあれば生きていけるかもしれません。
でもあなたも年を取りますし、推しも年を取ります。最近の戦隊ヒーローや仮面ライダーはみんな年下です。

いつか我に返ったとき、自分は今まで何をやっていたのかと後悔が押し寄せてきます。

なぜ生きがいが必要か

死なないためです。

神田沙也加が亡くなったとき、私は大きなショックを受けました。
特別ファンだったわけでもなく、存在すら忘れていたにもかかわらず、食事も喉を通らないほどショックを受けました。

  • 親がお金持ち
  • 十分なお金がある
  • 容姿に恵まれている
  • 才能がある
  • やりたい仕事をしている
  • 周囲に認められている
  • 家族や恋人など大事な存在がいる

これらは生きがいになりません。多くの自殺した人が証明しています。

私のようなスラム育ちからすると、神田沙也加は何でも持っている人生イージーモードに見えました。
しかし違いました。最後の最後まで繋ぎとめていた何かがほどけてしまい、彼女は遠くに行ってしまいました。

神田沙也加の死は私の死生観と人生観を大きく変えました。どんなに輝いているように見えようと、生きがいがなければ人は死にます。あっさり、突然それはやってきます。

さらにタチの悪いことに、生きがいは誰かが与えてくれるものではありません。自分で見出すしかないのです。

死にたいと思うことはあるあるです。ですが、実際に自殺を実行する人は普通の精神状態ではありません。
頭のネジが飛んでいなければ、自殺なんてできません。その最後の一押しが生きがいを失うことです。

私は自殺未遂の果てに生き残りました。


でも、辛い思いをした人は、同じような人を救う義務があると感じます。私の生きがいはそんなところです。

この記事が一人でも多くの方に届くことを願います。
最後まで読んでいただきありがとうございました。

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この記事を書いた人

元メンヘラでリストカッターとクスリブレンダー。現在は全てを克服し、かつての自分を救う活動を始める。
悩み相談アプリ「メンヘラせんぱい」でも活動中。毎日夜に開放してます。

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